決闘!小田代ヶ原


第三話

サイトウ

   

「光也、華厳の滝はどうかしら」

 登美子は車の助手席であれこれ光也に話しかけた。

 二人は撮影場所を探して走り回っていた。

「きっと、雄大な感じで写真に撮りやすいと思うのだけど」

 光也はあまり乗り気でなかった。

「いや、撮影場所が限られているから絵はがきみたいな構図になりやすいし、変化に富んだのを撮るのはちょっと難しいような・・・・・・」

「それじゃ、半月峠の方はどうかしら」

「ん」

「この地図にあるわ、中禅寺湖スカイラインっていうのを通っていくと見晴らしが良くて中禅寺湖を一望できるそうよ。ここなら光也も満足でしょ?」

 光也は言った。

「そうかなあ、紅葉には少し早いよ。俺の読んでる本にはあんまり紹介されてないし、コンテストなんかでもお目にかかったこと無いような気がするんだよな」

 歯切れの悪い返事に登美子は声が大きくなった。

「何言ってるのよ、光也は。日光は有名な場所ばかりよ、そこで個性のある作品を撮りたいんでしょ。穴場なんてそう簡単に見つかるわけないわ。行って見もしないで良いかどうかわかるわけないじゃないの」

「でも・・・・」

「すでにいろんな人が紹介している場所でも良い所があるかも知れないし、有名じゃない所でもそこに行く途中で発見する可能性だってあるわ。それなのにまったく!」

「はっ、はい」

 登美子の剣幕に押された光也は、素直に言うことを聞くことにした。

「わかったよ。これから半月峠、その後華厳の滝。後どこにいけばいいの」

「光徳牧場、湯滝、湯の湖、そして竜頭滝。この辺はすべてロケハンを兼ねて見学しましょう」

「今日だけでそんなに見るの」

「この位平気よ、たぶん。そして、明日は」

「明日は?」

「戦場ヶ原から湯滝まで歩いて撮影、金精峠にも行くのよ」

「・・・・・・はい」

「良い写真撮ってあの変な奴らをびっくりさせるのよ、それが光也、あんたの使命よ」

「・・・・・」

「それじゃ、さっそく中禅寺湖スカイラインから行きましょう」

「・・・はい・・・」

 ふたりは混雑する道路を目的地に向かって走り始めた。

 

 

 素晴らしい天気だった。空が高い。風がそよぐ度に澄んだ空気を感じさせる。

 中禅寺湖。

 遊覧船のデッキから男体山の勇姿を見た。

 登美子が言った。

「あー、気持ちがいい、船の上ならのびのび見物できるわ」

 半月峠から戻った光也と登美子は中禅寺湖を一周する遊覧船に乗っていた。

「登美ちゃん、そりゃそうだけど遊覧船乗ってる間は写真撮れないよ」

「以外なところに被写体はあるっていつもあんた言ってるじゃない。わたしはのんびりしているから頑張ってね」

「・・・・・・はい」

 言い返すと相変わらずうるさいので光也は素直にあきらめた。

 カメラの露出補正ダイヤルを回しながらさっき行った半月峠のことを考えた。

 半月峠に行って展望台のパーキングに立ってみた。そこから眼下に広がる中禅寺湖を狙うなら、光線状態を考えて朝早くか夕方の方が狙い目のように思えた。早朝なら中禅寺湖に朝靄がかかり、そこに朝日のあたる瞬間を撮ればけっこういけそうな気がした。

 中禅寺湖畔は紅葉にはまだ早いが条件が揃えば美しい。以前は有料道路の為朝八時にならないとゲートが開かず早朝は通行禁止だったが、九月一日から無料になっており早朝の景色を狙うことも可能だ。光也は撮影ポイントの一つとして頭に入れた。

 このまま夕方まで半月峠で粘るのも得策では無いので、次の目的地の華厳の滝に行こうとした。しかし、その前に登美子が遊覧船で中禅寺湖を一周したほうが、きっといいとこ見つけられると言い出し急に乗ることになった。

「ほんとに、いきあたり、ばったりなんだから」

「えっ?何か言った」

 登美子が光也を見た。

「いえいえ、なんにも」

 船は観光客を乗せ男体山を右にみながらゆるゆると波を立て進んでいく。

「このあとどうすんの」

「わたし、お腹すいちゃった。・・・・・・そうね、金谷ホテルでお昼食べましょう。美味しいものがそろってるらしいわよ」

「・・・・・・」

 やっぱり、一人で来るんだった。光也は波の揺らめきをぼんやり眺めた。

 遊覧船は観光客でいっぱいだった。めいめいデッキで記念写真を撮ったりして楽しそうにしていた。船の上から撮影ポイントになりそうな場所を探した。記念写真には向いているが自分の撮りたいと思う所は無かった。

 撮影時期が紅葉にはいくぶん早いということもあったが、昼間の時間帯のため光線状態が良くなかった。撮るなら早朝に千住が浜のあたりを狙わないと良い仕上がりは期待出来なかった。

 光也は空いていた座席にすわり考え込んだ。何時の間にか今朝小田代原で起きた出来事を思い出していた。

 あのじいさんは何者だろう。秋山という名前だった。使い込んだハッセルとジッツォの三脚。キャリアは長そうだが写真を見て無いのでなんとも判断出来ない。まさかプロなんてことはないと思うが。それより偶然居合わせた俺に勝負の代役をまかせるなんてどういうつもりなんだろう。いくら考えてもわからない。

 三人組の男たちの実力も不明だ。機材で判断は出来ないがフォトコン入選経験があるといっていたな。フォトコンもピンキリだが本当ならばハイレベルな作品を出してくるに違いない。三対一の勝負っていうだけでも不利なのに。

 テーマは日光の秋を組写真で表現する。四切り十枚。

「組写真か」

 光也はつぶやいた。

 組み写真は一枚づつより十枚全体の表現力がものを言う。構成や順番も重要になってくる。出来の良い写真をただ並べただけではだめだ。メインとなるテーマをはっきりさせなければならない。光也は組写真をやったことがなかった。それにまだ主体とするテーマを見つけきれなかった。

「まあ、あせってもしょうがない。そのうちなんとかなるだろう」

 朝も早かったせいで光也はウトウトしだした。

 船が桟橋に戻ってきた。登美子は降りる準備をしている客の中で一人居眠りしている光也を見つけた。

「まあっ・・・・・・。たいした余裕だわ。それとも単に何にも考えてないだけかしら?」

 

 

 

 

 華厳の滝、光徳牧場、湯滝、湯の湖と渋滞の中を移動しつつ光也と登美子は撮影場所を探した。

「光也どう、気に入った場所はあった?」

「ああ、なんとなく何を撮ればいいのか少しづつわかってきたような気もする」

 太陽が遠く西の山に近付いていく。

「夕焼けがきれいになりそうね」

 光也はすっかり疲れていた。渋滞の中をずっと慣れない運転を続けていたのでいい加減嫌になっていた。撮影場所を探すにしても車を停める場所が見つからなかったりで予想していたとはいえ時間がかかった。でもその分明日は期待出来そうな所もあった。今日は早くペンションに行ってゆっくりしたかった。

「登美ちゃん、もう戻ろうぜ」

「そうね、まだ早いけどそうしましょうか」

 目的のペンションは戦場ヶ原にある。車を向けようとして光也は思い出した。

「登美ちゃん、その前に行きたい所があるんだけど」

「どうしたの?疲れてるんでしょう」

「竜頭滝に行きたいんだ」

「午前中いったわよ」

「そうだけどさ・・・・・・」

「夕焼け撮るの?」

「いや。夕焼けには向いてないよ、朝日撮るには向いてるけど。でもそうじゃなくて」

「何?」

「明日の橋本田首相のことさ」

 光也は渋滞の反対側の列をちらっとみた。

「予想通り、警察関係の車が多い」

 登美子もCDの操作を止めて振り返った。

「交通渋滞整理のためじゃないの」

「とにかく竜頭滝に行けばはっきりするさ」

 二人は戦場ヶ原を通り、車を竜頭滝の上側の駐車場にやっとスペースを見付け停めた。

「本当にどこいっても混雑しているわね」

「それでも停められただけましさ」

 さっきここを通ったときは駐車場に入りきれない車が道路の片側にたくさん停まっていた。

 橋の上から竜頭滝を眺めた。岩肌に白い流れが続いており両岸にはカエデ、ミツバツツジなどの紅葉が連なっていた。遠く中禅寺湖が見える。朝の時間帯なら紅葉がより際立つだろう。

「わあーっ、きれい」

「下にいってみようぜ」

 竜頭滝に沿って続く遊歩道を二人は降りていった。たくさんの観光客とすれ違う。撮影している人も沢山いた。立入禁止の柵の向こう側で三脚を立てて撮っているマナーの悪い奴もいた。

 世界的に有名な観光地のせいか外国人も沢山いた。もっとも円安の影響が大きいせいかもしれない。

 光也は滝の景観に見惚れているふりをしながら、観光客の様子を探っていた。

「やっぱりな・・・・・・」

「光也、何か変わったことがあるの?」

 登美子は風に散るカエデの赤い葉が、白く波立つ水面を滑り行く様を感心して見ていた。

「明日、ここに橋本田首相達がくるのは間違いない」

「えっ!」

「叔父さん達ははっきり言わなかったが、やはり奥日光まで来る。そして竜頭滝を見学する。小田代原にも行く」

「どうして?光也の叔父さんも教えてくれなかったわ」

 光也も柵によりかかり飛沫の弾ける様を見ながら答えた。

「私服警官がいる」

「・・・・・・」

「おまけに・・・・」

「何?」

「怪しい奴もいる」

「ええっ!」 

 登美子はあわてて辺りを見回す。光也が低い声で言う。

「登美ちゃん、急にキョロキョロしちゃだめだ。俺達は普通の観光客のふりをするんだ」

 光也は流れに目をやったまま続けた。

「きっと、マスコミには日光でも東照宮を参拝するような発表になっているけど、橋本田首相は余程奥日光を紹介したかったみたいだね」

「でも、それじゃ犯人達も知らないわけでしょ」

「多分、盗聴かなにかで情報を仕入れたんだろう。それに、あんな発表するくらいだからカンの良い奴はきっとなんかあるって逆に詮索するに決まってるさ」

 登美子は不安そうな顔になった。

「光也、どうするの?」

「俺があの怪しい奴を見張ってるから、登美子ちゃんは向こうにいる私服のオッサンに植野山警視と連絡を取るように言ってくれ」

「わかったわ」

 登美子は言った。

「でもわたしの言うこと信じてくれるかしら。第一あそこの中年本当に警官なの?」

「なあに、大丈夫だよ」

 登美子は下流の方にいる、腹の出た中年のさえないオッサンの所に向かった。

 光也が怪しいとにらんだ男はカメラで滝を撮っていた。長髪のサングラスをした青年だった。三脚を立てて滝の流れを撮っている。落ち着きなくシャッターを切っていた。

 光也はさり気なくそばまで行ってみる。長髪の青年は人がある程度の距離より近付くと嫌なようで、場所を少し移動した。

「植野山警視は今頃どこにいるのだろう」

 光也は考えた。警視達もここか小田代原の辺りをウロウロしているはずなんだが。早く来てくれるといいが。

 中年オッサン警官と登美子がこちらに向かって来るのが見えた。 光也は登美子の方に行った。

「おまわりさん、植野山警視に連絡を」

 オッサン警官は光也をジロジロ見回した。

「一体何の用かね」

「早く連絡して下さい」

「どうして植野山警視の名を知っている」

「ちょっとした知り合いなんです、今詳しく説明しているヒマはないんです」

「植野山警視は今竜頭滝下側の駐車場にいるが」

「早く植野山警視を呼んでください。怪しい奴がいるんです」

 警官は光也の言っていることをあまり信じていないようだった。

「どの男が怪しいのかね」

 光也は目くばせした。

 男と光也を交互に見ていた警官は一人で長髪サングラス男の所に向かった。職務質問するつもりらしい。

「あっ、ひとりでは・・・・」

 光也は止めようとしたが間に合わなかった。

 警官はカメラで滝を撮っている長髪の男に声をかけた。男は警官の問いかけに何事か返答していた。男の表情がだんだん険しくなってきた。

 急に男は逃げ出そうとした。

「あっ、待て!」

 警官は腕を捕まえようとした。瞬間、男はその手を払い除けると裏拳を警官の顔面に叩き込んだ。

「ウッ」

 中年警官は後ろに引っ繰り返った。長髪の男は逃げ出した。

「くそっ、まっ待て」

 中年警官は起き上がれず顔を押さえたまま、無線で他の警官に連絡しようとした。

「しまった、逃げられる!」

 光也はあわてて後を追いかけた。

「登美ちゃん、オッサンをたのむ」

 長髪男は遊歩道の階段をすごい勢いで走っていく。他の観光客が何事かと振り向いた。押された老人がよろけて転んだ。

 男は林の中に逃げようとした。その男の前方に制服姿の警官が数人立ちふさがった。中年警官の連絡が届いたらしい。

 警官の一人が男に向かって言った。

「貴様、おとなしくしろ」 

 警棒を手に持ち男を取り囲む。男に怯む様子は無かった。サングラスに隠れた目はうかがい知ることは出来なかったが余裕があった。腰を落とし何かの拳法の構えをとった。光也はそこに追い付いた。

光也の目の前で数人の警棒を手にした警官と一人の男が格闘を始めた所だった。

「キェーィッ」

 男は掛け声とともに低く構えた姿勢から蹴りを右前方の警官に放った。警官は危うく逃れたように見えた。フェイントだった。次の回し蹴りが警官の左側頭部に炸裂し、警官は後ろの柵まですっ飛ばされた。

「気をつけろ!こいつ空手使うぞ」

 警官達に緊張が走った。光也も詳しくはわからないが見たことの無い構えだった。空手では無い。中国拳法か何かの格闘術かも知れない。

 警官達は男との距離をじりじりと詰めた。一人の警官が背後から警棒で殴りかかった。男は横に体を開きかわす。勢い余った警官はバランスを崩した。男はそこに正拳突きを叩き込んだ。

「グッ」

 突きを受けた警官は腹を押さえてうずくまった。

すかさず別な警官が躍り掛かった。男は警棒を持つ腕を片手で受け止め手刀を警官の首筋に見舞った。そのまま後ろ回し蹴りで横の警官の警棒もすっ飛ばした。ひるんだところに前蹴りを放つ。鈍い音とともに警官が崩れるように倒れた。

 あっと言う間に警官達は倒されてしまった。カンフー映画でも見るような鮮やかさだ。複数の警官をあっさり倒すなんてとんでもない強さだ。感心している場合では無い。

男は林の中へ逃げ出した。光也は一瞬ビビッたがそれでも後を追った。

 茂みの影から誰か飛び出してきた。遠峰刑事だった。

「待てっ!」

 鋭く叫ぶと男につかみかかった。しかし遠峰の手が男の肩にさわるか触らないうちに手刀を胸にうけて茂みに転倒した。

「うーん痛てて」

 遠峰はなおも起き上がり男に向かっていこうとした。

「遠峰君、私に任せろ」

 植野山警視が遠峰刑事の前に出てきた。男は足を止め植野山警視に対し構えた。

「けっ、警視、危険です。こいつ並みの強さじゃないですよ」

つづく

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