決闘!小田代ヶ原


第二話 

サイトウ
 

   

 光也と登美子は赤沼茶屋の駐車場に戻ってきた。

「登美ちゃん、お腹すいたろう。いま朝食の用意するから待っててね」

 相変わらず機嫌の悪い登美子をなだめつつ、光也はトランクから折畳み椅子とテーブルを出し駐車場脇のスペースに広げた。

続いてイワタニのシングルバーナーにカセットボンベを装着、コッヘルに水を入れコンロに乗せジッポーで火を点けた。

寒冷地用のボンベなので、火力が強い。もちろんこのアウトドア用具のほとんどは釣り好きの友人からの借り物である。

 数分後、コーヒーの良い香りが辺りに漂いだした。その香りのせいかやっと機嫌の直りはじめた登美子は、サンドイッチをバスケットから取り出しテーブルに並べ始めた。

「あー腹減った」

 光也はさっそく食べ始めようとする。

「光也」

「んっ?」

「手くらい拭いてからにしなさいよ」

「はいはい」

 落葉松林の黄葉と、戦場ヶ原、男体山、遠くの山は白根山だろうか。空気の透明度を実感出来る清々しさだ。

「いやー登美ちゃんの作ったサンドイッチは美味しいなあ」

 本当はマスタードの効き過ぎで目に涙を浮かべた光也がお世辞を言う。

「そうかしら、フフフ」

 登美子は嬉しそうな顔でコーヒーを飲んでいる。それを見て光也がぼそっとつぶやいた。

「あー単純な性格で良かった」

「何か言った?」

「いっ、いや、ここは静かだなって」

 光也はあわててごまかした。

「みんなここに車停めている人達はどうしているんでしょうね」

「きっと戦場ヶ原をハイキングしているんじゃないのかな。ここから湯滝や湯の湖まで行くのは、バードウォッチングや自然観察には絶好だからね」

「ふーん、じゃ私たちも行きましょうよ。そのコース」

 さっき光也が行こうっていったときは全然興味を示さなかったのに、態度の変化が著しい。

「まったく、これじゃ振り回されちまうぜ。こんなことなら一人で来りゃよかった」

 今度は口に出さずに言った、つもりだった。

「なに、ぶつぶつ言ってんのよ」

「いや、そのー、何でもないよ」

 まずい、話題を変えよう。

「しかし登美ちゃん。見てよ、最近はRV車がほとんどだね」

 駐車場に停まっている車はカラフルなRVでいっぱいだった。

「そうね、四駆とかワゴン車が多いわ」

「あっ、でもあの車すごくミスマッチだと思わない」

 光也の示す方向から一台の乗用車が走ってきた。フェンダーミラーを付けたおうど色の乗用車でずいぶん前の型のクラウンだった。調子が悪いのかどこかキーキー鳴っている。

「どんな奴が乗ってるのかな」

「別にどーでもいいと思うけど」

「以外と知っている人だったりして」

 光也達からやや離れた場所に車は止まった。ドアが開いた。男二人。一人は二十代、長身。もう一人は四十代後半、もろ中年サラリーマンといったところ。

「なんだい、あいつら背広姿だぜ」

「本当だわ」

「休日の朝の日光で背広着て仕事してるとは可哀相だな」

 二人は車から降りると寒そうに辺りを見回した。光也はその顔を見て飲みかけのコーヒーを吹き出した。

「ブッッ」

「どーしたの?」

「あっ、あれっ、あの人」

「?」

「俺の叔父さんだ!」

「えっ!」

 年配の男と目があった。驚きの表情に変わっていく。こっちに向かって歩いてきた。男は言った。

「光也じゃないか」

「叔父さん!」

「おまえ一体こんな所で何してるんだよ」

「ここは日光だぜ、この格好見ればわかるでしょ」

 おじさんは光也から登美子に視線を移す。見つめられた登美子は思わず視線をそらした。

「ははーん」

「何がははーんだよ」

「光也がこんなかわいい彼女と二人っきりでデートとは・・・・・・」

「そんなんじゃないよ」

「未成年のくせに。・・・・・・親父に言ってやろ」

 おそるおそる登美子が聞いた。

「あのー、光也の親戚のかたですか?」

「これはこれは、植野山と申します」

「叔父さんこそそんな背広姿で何してんのさ」

「これがバードウォッチングの格好に見える?」

「見えるわけないよ!」

「ちょっとした仕事だよ、仕事」

「警視、不審な人物でもいたのですか?」

 遠峰が後ろからやってきた。光也と登美子をじろじろ見た。

「いや、こいつら・・・・」

 植野山が言いかけた。

「そういうことですか」

 一人でうなずくと遠峰は光也に向かって言った。

「君たち、こんなところで不純異性交遊はいけないよ。名前と住所を言いなさい」

 光也は遠峰の顔をしげしげと眺めた。そして植野山警視に向かって言った。

「叔父さん、ちょっと説明してよ」

「おじさん?」

 遠峰は光也と警視を交互に見た。

「警視、これは一体・・・・・」

「遠峰君、彼は私の甥だよ。光也くんだ。それと・・・・・・」

「高山登美子です」

「光也の彼女だそうだ」

「彼女じゃありません、いっしょにいるだけです」

 登美子はきっぱり言った。

 光也は登美子に叔父を紹介した。

「登美ちゃん、僕の叔父さんだ、職業は警察官なんだ」

 やっと事情を理解した遠峰はいくらか赤面しつつあいさつした。

「これは失礼しました。遠峰です。はじめまして」

「コーヒーでも飲みますか?」

「いいねえ、じゃちょっと」

 光也はお湯を沸かしながら聞いた。

「叔父さん、さては何か事件だね」

「オホン、まあそんなところかな。でも光也には関係の無いことだよ」

「またそんなこと言って」

「任務が済んだら教えてやるよ」

「遠峰さんの手前、極秘とか言ってるけど叔父さんかここにいるってことは・・・・・・」

 登美子がコーヒーのカップを二人に渡した。湯気が光にゆらゆらする。

「橋本田首相が日光に来るんでしょう」

「・・・・・・」

「それも、イロハ坂を上って奥日光へ」

「ゴホッ」

 遠峰は思わず飲みかけたコーヒーにむせた。

「どっ、どうしてそんなことを」

 光也はにやりと笑った。

「だって叔父さん達がここにいるってことは、それしか考えられないでしょう」

「光也君相変わらずそういうことは詳しいね」

「叔父さん、教えてよ橋本田首相とA国大統領はどこ見物するの」

「だめだ。そんなこと立場上話せんよ」

「俺が思うには」

「・・・・・」

 植野山警視と遠峰は無関心を装ってコーヒーを飲んでいた。光也は言った。

「橋本田首相とA国大統領がここ奥日光に来るのは明日の早朝。見学場所は竜頭滝と小田代原」

「ゴホホッ」

 二人ともはでにコーヒーにむせた。

 植野山警視が言った。

「なぜ、そんなことがわかる!」

「どうやら正解かな」

 光也は今度はニコっとした。登美子もどうして光也がそんなことを知っているのか驚きの表情になった。

「叔父さん簡単だよ。だってあさっては迎賓館でなんか催物があるんでしょ、で次の日はもう帰国予定。 そういうふうに新聞に出てたよ。ここにくるのはスケジュール的にとても無理。今日叔父さん達にまだ余裕があるということは少なくてもここに首相はいないということになる。」

「で?」

「なぜ早朝かというと、一つはこの時期観光客で非常に混雑するから午後では身動きがとれずスケジュールが狂いやすい。二つめは写真撮影に向いている時間帯、それは早朝だからさ」

「・・・・・・」

「さらになぜ竜頭滝と小田代原かというとこれも簡単」

 光也は話を続ける。

「この時期で紅葉のきれいな所と言えば竜頭滝だからさ。あとは小田代原。写真の好きな橋本田首相のことだ。このふたつはまず外さない。中禅寺湖付近はまだ紅葉が早いし、戦場ヶ原なら小田代原の夜明け、華厳の滝や湯滝よりは日本情緒的見所の多い竜頭滝を選ぶ、という訳さ」

「うっ・・・・」

「たぶん、小田代原の夜明けを見てから竜頭滝というコースを橋本田首相は取りたいって言うと思うけど、警備の関係で混雑しない内に竜頭滝を見てそれから小田代原に向かう。そうすれば小田代原方面は一般車の立ち入りが制限されている分安心だ」

「うーん」

 植野山警視はうなった。遠峰は目を白黒させた。

「見事な推理だ」

「良い線いってるでしょ」

「しかし」

 植野山警視はあごを撫でながら言った。

「それは私達の仕事だから、君はあまり首を突っ込まんでもよろしい」

「そうだけどさ、俺だって少しは橋本田首相のカメラで撮影する様子を見たいんだ。叔父さんいいでしょ」

「光也君、君は美しい彼女の写真を撮っていればいいんだよ」

「なんだ。残念だな」

 コーヒーカップをテーブルに置くと植野山警視は言った。

「ごちそうさま、じゃ私達はこれで。光也、まあ楽しんでくれ。遠峰君行こう」

「それでは失礼します」

 二人は車に戻っていった。

「光也の親戚はおまわりさん、しかもこんな所で会うなんて」

 登美子の驚きの顔。

「いやあ、叔父さん相変わらず俺のこと煙たがっているみたいだな」

「えっ、どうして」

「実はね、しょっちゅう叔父さんの事件に興味を持つもんだからやりずらいみたいなんだよ」

「そりゃそうよ、邪魔ばかりしてるんでしょ?」

「そうでも無いんだけどなあ・・・・・・」

「向こうは本物、あなたはただの高校生」

「しかし、叔父さんがここにいるってことは絶対何かある」

「首相の観光だからでしょ」

「それだけなら警視庁要人課のSPと地元県警で対応するはずさ」

「そうなの?」

「どうも気になるな」

 光也は考え込んだ。

「それより光也、写真撮らないと」

 登美子はそっちの方が気がかりだ。

「うーん、確かにそうだな」 

「どこら辺に行ってみるの」

「あんまり混んでなくて、紅葉がきれいで、もちろん良い写真がとれるところ」

 光也の返事には緊張感が欠如していた。

「・・・・・・この勝負やっぱり光也には荷が重すぎね」

 登美子はまたまた呆れ果てた。

 

 

 

 

「まさか、ここで光也に会うとはな」

 警視は助手席からぼんやり外を見た。

「写真に凝ってるのは知っていたが・・・・・・」

 車を走らせながら遠峰は聞いた。

「警視、光也君はカンが鋭いようですね」

「えっ?」

「だっていきなり橋本田首相の極秘行動スケジュールを当てましたよ」

「ああ」

「まあ、新聞にもある程度は情報が出てましたから見当はつくでしょうけど」

「光也には簡単だったみたいだな」

「あそこまでわかるなんて」

「いつもそうなんだ」

「?」

「わたしの事件にすごく興味を持っていてね、けっこう細かく聞いてくるのだよ」

「そりゃ、迷惑ですね」

「いいや」

「はっ?」

「けっこう役にたったりするんだよ」

「また冗談を」

「いや、本当なんだ。わたしから聞いた話だけで犯人を当てたりするのだよ。推理力だけは妙に鋭いんだ」

「以外ですね。まだ高校生ですよね」

「うむ、いつもは邪魔にしつつもけっこうかまってたんだが、今回ばかりはだめだな。うろうろされたら危なすぎる」

「確かに」

「ただ光也のことだ、他に何かあると今頃考えてるだろう」

「警視、もう一度イロハ坂から湯の湖まで道路状況の確認をしますか」

「そうだな、遠峰君。その前に」

「何でしょう?」

「光徳牧場にちょっと寄っていこう」

「警視、そんな余裕は・・・・」

「大丈夫だ、なぜなら」

「・・・・・・」

「わたし、植野山はすでに犯人らの行動パターンが予測できているのだ」

 遠峰が驚く。

「そっ、それはどのような」

 植野山は余裕の表情だった。

「牛乳飲んだら教えてあげるよ」

 

 

 

 

 すでに中禅寺湖の前は渋滞していた。植野山と遠峰の乗った車はのろのろとした流れの中を移動していた。

「遠峰君」

 植野山警視は助手席でふんぞり反りながら湖畔の水面に反射する陽光を見ていた。

「なんですか、警視」

「休日の日光ってのはいつもこうなのかね。すごい渋滞だな」

「ええ、イロハ坂が上りと下り別々の道になっているのはご存じの通りですが、もうこの時間上りはふもとから数珠つなぎ状態ですね。午後になるとイロハ坂の下りが大渋滞になります。この辺ももっとひどくなります」

「わたしはめったに来ないので知らなんだが、これでは身動きがとれんな」

 反対側ものろのろ動いていた。車の中は家族連れや若いカップルばかり。

「これでは道路状況の確認どころではありませんね」

「うーむ、サイレンをならして一気に走り抜けたい気分だ」

「警視、そんなわけにいきませんよ」

 植野山警視は言った。

「なにか新しい情報は入っていないかね」

「いえ、今のところなにも」

「・・・・・・そうか」

 植野山は何か考えているのかそれともただ暇なだけなのか、取り出した手帳をぱたぱた閉じたり開いたりしていた。

 ギアをニュートラルにしながら遠峰は言った。

「警視」

「なんだね?」

「本当に、ここでの観光中に犯行グループは襲って来るんでしょうか。こんな身動きの取れないところで」

「ああ、あいつらにとっちゃ一番宣伝効果の高い所を狙うに決まっている」

「そもそも、テロってのは闇討ちとか時限爆弾、狙撃なんかで正体を隠して攻めてくるんじゃないですか。で、その後に犯行声明を出すってのが一般的ですよね」

「うむ」

「ってことは、普通空港とかホテルとか都心で活動したほうが動き易いと思うのですが」

 遠峰は疑問を口にした。

「ここは日本だ。自称世界一優秀な警官が日夜犯罪を防止し人々の暮らしを支えているのだぞ」

「はっ?」

「テロリストもやりずらい」

「・・・・・?」

「つまり、橋本田首相が派手に新聞のインタビューで日光に来るっていったのはひとつには犯人達をここに引き付けるための作戦だったのだ」

「えっ?」

「考えてみたまえ、私たちも警備を分散するのは得策では無い」

「確かにそうですが」

「わざと一ヶ所隙を作りそこにおびき寄せ一網打尽にする」

 植野山は遠くの山に目をやりながら言った。

「それにしては、初めてその話を聞いたときずいぶん驚いていた様子でしたが」

 遠峰が鋭い突っ込みを入れた。

「うっっ・・・わたしもあとになって聞かされたのだよ」

 植野山警視は作戦を遠峰に話し始めた。

「君に詳細をまだ説明していなかったな。こういうことだ、まずここ奥日光に来るためにはイロハ坂を上ってくるか、群馬県側から金精峠を越えてくるかのふた通りしかない。厳密に言えばもうひとつ山王林道からというルートもあるがな。後は飛行機かヘリコプターでもないかぎり移動は不可、つまりこの三ヶ所を完璧にガードすればいい」

「しかし、観光客がたくさんいて巻き添えになる可能性はないんですか」

「検問で徹底的に調べ上げる、そうすれば大きな武器のたぐいは持ち込めないし、建物の中とは違い爆発物を仕掛けることも不可能だ」

 植野山の声は自信に満ちていた。

「でも警視」

「何かね」

「狙撃される危険性は無視出来ませんよ」

「それは大丈夫だ」

「・・・・・・」

「狙撃の可能ポイントというのはそうあるもんじゃない、橋本田首相の歩くコースに合わせて狙撃の可能ポイントにはすべて警察官を配置する。自然の中は一見狙撃しやすいように見えるが逆だ。都会の方が危険度は高い」

「・・・・・・」

「さらに、小田代原に通じる道は一般車両通行止めとなっているからなおさら好都合だ」

「そんなに、警備が厳しくてはそれこそ恐れをなして計画を取り止めるのではないでしょうか」

「いや、マスコミがはでに取材している最中に騒ぎを起こすのがあいつらの目的だから、絶対に狙ってくる。・・・・・・わたしのカンだがね」

「そうですか・・・・・・」

 遠峰はしばらくの間ステアリングを握ったまま前方を見てじっとしていたが、警視に聞いた。 

「警視、犯人らは何人位いるのでしょうか?」

「そのへんがはっきりせんのだよ、いろいろ各方面から情報を収集しているのだが、いまのところメンバーや詳細についてはは一切不明」

「でも、予告状まで送り付けて騒いでいるわけですからそちらを調査すればある程度今回の計画に加わる人数とか推測できると思うのですが」

「その通り、まあ十人位っていうところかな」

「ずいぶんおおざっぱですね」

「そのうち直接行動にでるのが七、八人位かな」

「なんて適当な」

 遠峰は急に不安になってきた。

「心配するな。首相とA国大統領には要人課の優秀なSPが24時間体勢で護衛に入っている。わたしらは犯人の行動を未然にキャッチし逮捕すればいいのだ」

 植野山警視は自信たっぷりに言った。そのことばに反比例して遠峰の不安は大きくなっていくのだった。

つづく

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