鉾田沖で発生した上位蜃気楼について
2011年11月30日 桜を守る会 永井建夫
A.2008年7月10日茨城県鉾田沖で発生した上位蜃気楼について当時の様子
2008年7月10日は天候が少し不安定な日で一回午後の初めあたりに弱い雨かあった。
こんな日だったのでいつもより早めに犬の運動に出かけ、高台より海が見える地点にさしかかった時
何気なく海に目を向けたところおよそ3km先の海上にオレンジ色に輝くカーテン状のかなり長い帯の光景を
発見、良く見るとそこの色が抜けた様な薄茶色っぽいビル?舟形?岩形?等が幻想的に団子上にうごめいているのです。
思わず「あっこれは蜃気楼だ」と思いました。この後方向はブラックアウトして見えなくなりました。
そして幸運にもフィルムカメラで何とか撮影することができました。
撮影時間は午後6時10分〜6時40分くらいでした。(銀塩リバーサルフィルム 撮影レンズ28mm)
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このとき撮影した写真と上記Aの様子を大学、国の研究所等に送りアドバイスを求めましたが、どうしても「カーテン状の
帯」の正体がわかりませんでした。
その後自分が書いた文と写真が2008年9月号の「写真工業」誌に掲載されました。(11月号にも関連記事有り)
それから少したったある日、○○新聞の"デキル"記者さんより「永井さんAについて取材させてください。
本当ならばそれはスクープでした。トップで出た記事なのにうちで遅れてしまい申し訳ありません」
このようになり○○新聞社からもAについて2回取材を受けました。
※非常に時間がかかったが2008年12月14日の○○新聞にAの記事は出ました。
ただし一番大切なところが誤った文章で掲載されたのです。すぐに記事の訂正を求めたが受け入れられなかった。
下位蜃気楼とかかれまたしが上位蜃気楼が正しい。
○○新聞は社内に3人のスペシャリストが居るので記事にできるといっていたが
結局ついに記事は見送りになってしまった。カーテン状の輝く帯の正体がつかめなかった。
※その後運よくホームページに出ていた画像が大きなヒントとなり永井自身がこの正体を突き止めた。
科学記事のニュートリノのように100%は無く、もし少しでも○○新聞に配慮があったならば例として
「茨城県鉾田沖で蜃気楼と思われる現象発生か」のようにもかけたからです。
げんに、誤りがあったとはいえ○○新聞社はきちんと記事にしてくださったではありませんか。
結果論でいえば2008年7月10日に茨城県鉾田沖で前例の無いほどスケールの大きい
上位蜃気楼が発生したのでした。
2012年3月6日一部追記
2008年7月10日鉾田沖で発生した蜃気楼は、富山湾及び琵琶湖北海道その他で観測されたタイプの「単に
そこにある物体、建物、橋、景色等が変化して見える現象」とは違って遠方のものが海上の空中など
実際とは全く異なった場所に現れた、非常に巨大な光の屈折現象による蜃気楼だったのです。
オレンジ色に輝くカーテン状の光の正体は、逆転層でここに夕陽があたって光線(夕方なので
赤色系の光)が異様に屈折して今回のように
写真に写ったのです。
「ダクティング効果」「ノヴァヤ-ゼムリア効果」といわれる極めて珍しいタイプの蜃気楼で、空気の層が
巨大な光ファイバーの働きをして光を遠方まで伝えたのです。一般的な上位蜃気楼とは異なり
蜃気楼の中でもめったに起こらない特殊な蜃気楼だったのです。
理由
その1 当日は10人前後の目撃者がいて「すぐ前に見たことも無い不思議な物体が次々に形を変えながら
少しずつ動いていった」
もとの形がわからないほど変化するのが「ダクティング効果」「ノヴァヤ-ゼムリア効果」の特徴。
その2 広角レンズ28mmで撮影していますがかなり近くに蜃気楼が写ってます。
写真について心得のある方ならお分かりのように、広角レンズこのように近くに写るということは
実際肉眼ではより近くに見えていました。
追記終
世の中に新しいタイプの科学記事がでることによってもしかしてその後に役立つ可能性もあります。
どうか大きな心で世に出していただけるように、その他のいろいろな事柄でも。
これがわたしのささやかな希望です。
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当時は「鉾田沖で発生した蜃気楼について」世に発表することは考えませんでした。
ただ何年間も私を取り立ててくださった「写真工業」さんにだけは私の体験記として提供させていただこうと
考えていました。感謝の気持ちで。 ところが私の周りの見識ある何人かの人たちより
「これだけの自然現象はおそらく50年、100年に1度あるかどうかのまれな出来事だから、世の中に
きちんと発表した方が良いでしょう」
このような声に押されてこのようになったのです。
Aの様子は文章及び写真では説明が難しいのです。
敢えて言うと 「鉾田沖で発生した上位蜃気楼の様子はこの世の光景とは思えない程に美しく
また恐ろく、夢にも出てこない幻想的な世界」でした。
むすびとして私も若い頃は都会に憧れずっと住んでいたいと思っていましたが
年齢と共に自然の有りがたさが少しずつわかって、この地で良かったとしみじみ思える
心境になれました。 この海の見える田舎に住んでいたからこそ、この様な千載一隅な出会いに
めぐり合えたのですから。
どうもありがとうございました。
永井建夫
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