ざしきわらし

サイトウ
     

 

 小型飛行機は離陸してすでに二時間飛行を続けていた。
 天候は良くフライトは順調だった。
 このまま行けば目的地まで予定通りの時刻に到着するだろう。
「ざしきわらしって知ってるかい」
 小型飛行機を操縦していた機長の小室は助手席の武田に話しかけた。暇をもてあましていた武田は窓の外を見ていた視線を小室に向けた。
「ええ、知っていますよ」
 武田は話し始めた。
「なんでも東北地方の民話で、子供たちが遊んでいると何時の間にか一人、人数が増えているっていう話ですよね」
「そうさ。よく知っているね」
「誰が増えたのかどうしてもわから無い。遊び終わるとまたもとの人数に戻っている」
「ああ、不思議な話だよな」
「誰が増えたのかわからないなんて変ですよね」
「そうさ、食事どきにざしきわらしがきたらごちそうが足りなくなってしまう」
「でも、そのぶんを見越して多く用意するのがその地方のならわしなんでしょう」
「ああ、そうらしいな」

 窓の外には青い空と眼下に紺碧の海が広がっていた。いつものように単調なフライトが続いていた。
 操縦棹を握っていた小室は急に顔色を変えた。
「機長、どうかしましたか」
 小室のただならぬ気配に武田は緊張した。
「おかしい、燃料が足りない」
 小室は燃料計を凝視していた。
「えっ、でも余裕をもって・・・・・」
「なにか我々に無断で物を積んだ形跡はないかね。予想外に重い荷物とか」
「わたしが調べてきます」
 武田は客席に向かった。少して顔面蒼白で戻ってきた。
「機長、大変です!」
「何かわかったか」
「定員六人のところ七人乗っています」
「ええっ?」
「搭乗したときは確かに六人しかいなかったはずです」
「搭乗車名簿はどうなっている」
「名簿もなにもこの飛行機は我々を除いて、定員が六人ですよ」
「・・・・・・」
 小室の背中を冷たい汗が流れた。
「何が起きたというのだ」
「わかりません」
「ううむ・・・・・・」
 二人の間を重い沈黙が一瞬流れた。
「ざしきわらしだ!」  武田がふいに叫んだ
「ざしきわらしがでたんですよ」
 小室は武田がどうかしたのかと思った。
「飛行機に?」
「そうですよ、それしか考えられません」
「しかしだ」
 小室は冷静に言った。
「仮にひとり位増えても、こんなに急激に燃料が無くなるはずはないのだが」
 ついにエンジンの動きがおかしくなってきた。
 機長は高度計をじっと見ていた。
「だめだ、このままでは墜落する」
 武田は必死に考えていた。
「わかりました!機長。ざしきわらしが誰か」
「なんだと」
「あの相撲取りですよ。あいつなら一人で二百五十キロ位ありますよ」
 機長は機を立て直すべく必死で操縦棹を操作した。
「どうしてすぐに気がつかなかったんだろう」
 武田はあきらめたように言った。
「それはあいつが、ざしきわらしだからですよ」
「武田くん、しかし」
「はっ?」
「ざしきわらしってのは妖怪の一種だろう?」
「えっ、そうでしょうね」
「重さは関係ないのではないかね」
「うっ・・・・・」
 武田は言葉に詰まった。そういわれればそうだ。いくら何でも妖怪が乗ったからといってそんなに重いわけない。
 再び重い沈黙がコックピットを支配した。
 機体が二、三度揺れた。ついにエンジンが停止した。
 小型飛行機は急激に高度を下げ始めた。
 機長の小室は口を開いた。
「武田くん、今思い出したよ」
「はっ?」
「わたしが貨物室に荷物を入れたんだ」
「ええっ?」
「親戚に頼まれたクロブタを一頭」
「えええーっ!」
 小室は申し訳なさそうに言った。 
「重さがちょうど二百五十キロくらいのうまそうなやつなんだ」
 

 

おわり

 

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