そこから先
サイトウ
俺は新宿署の刑事だ。
拳銃を持った凶悪犯を追い掛けている。
一週間前横浜で麻薬をめぐり密輸業者とトラブルを起こし一人を射殺して逃走。その後ここ新宿に潜伏したらしい。
必死の捜査にもかかわらず足どりがつかめなかったが、逃走資金がなくなったようだ。三日前深夜のコンビニエンスストアを襲って現金を奪っている。
その際に店員が射たれて重傷を負っているほか、通行人一人が流れ弾を受け負傷した。
すぐに検問がひかれ新宿の外には逃走できないように網を張った。
善良な市民をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。
俺は今日も足を棒のようにして聞き込みを続けた。
新宿は夜眠らない。
俺は眠くてしょうがない。
昼寝するわけにもいかない。それにあたらしい情報がはいった。ここ歌舞伎町のあたりでそれらしき男を見かけたとの未確認情報が寄せられていた。
そのため朝からずっと張り込みを続けていた。
はやく代わりの奴と交替したかったがホシは俺の手でつかまえたくもあった。
ぬるまったい風に混じっていろいろな匂いが運ばれてきた。腹も減っていた。
ショルダーホルスターの拳銃を時々触ってみた。その度に銃の重さが事件の重大性を呼び起こした。
俺はすこしぼんやりした。そして奇妙な感覚にとらわれた。これと同じことをもう何回も繰り返しているような気がした。
特にこの事件に関しては同じところをなぞっているだけで、ちっとも解決に向かっていないような気がするのだ。
「ふふ、いよいよヤキが回ったかな」
俺はタバコに火をつけた。
吐き出した煙が湿気を含んだ風にのり闇に消えていった。
そういえば体調も悪くなってきた。疲れなんて感じなかったし、ほとんど寝ないで仕事しても平気だった。
それが最近目がチラチラするし、人の話が間延びして聞こえるし。なんか体に力が入らずどうもグニャグニャな気分といったらいいのだろうか。
「このヤマが片付いたら医者にでもかかるか、それともジジ臭く温泉にでもいくか」
俺はつぶやいた。
そしてタバコの吸い殻を投げ捨てた。
タバコの吸い殻は空中で止まった。
するとビデオデッキの作動するかすかな音がして、そのまま画像は逆回転を始めた。
「お客さん、いつからこうなったんです」
中年女性のマンションにビデオデッキの修理に呼ばれた電気屋は聞いた。
「あの、このビデオを借りてきてビデオデッキにセットしてスイッチいれたでしょ。そのまんま旅行にでかけたから・・・・・・うーん一週間くらいかしら」
「えー、そんなに」
「だって普通、一回終わったら自動で巻き戻って終りでしょ。どうして途中で巻き戻っちゃうのよ。それでまた最初から始まるワケでしょ。同じところ何回も何回も繰り返して」
電気屋はデッキからビデオテープを取り出した。延び切ったテープがケースからはみ出していた。
「あーあ。お客さんこりゃもうだめですね」
中年女性は腹の肉をゆさゆささせて怒った。
「えーっ、これわたしの大好きな新宿鱶≠諱Bまだろくに見てないのにどうすんのよ」
電気屋は申し訳なさそうに言った。
「お客さんとりあえずデッキは持ち帰って調べますけど、ヘッドやローラーなんかもすり減っててこりゃ直すより買ったほうが安いですよ」
「ええーっ、テープがダメになったうえにビデオデッキも!」
「はい、今ならこちらの新製品を格安で販売させて頂きますが」
電気屋はパンフレットを取り出そうとした。
「今日はけっこうよ。後で連絡頂戴」
女性の頬の肉がピクピクしているのを見て電気屋は危険を察知した。
「あっ、失礼しました」
電気屋はあわてて帰っていった。
中年女性は伸びたテープを見ていった。
「こんなに伸びて、グニャグニャになってしまうなんて新宿鱶もかわいそうに」
おわり