眠るな

サイトウ
     

 

 車は東北自動車道を東に向かっていた。
 運転していた横田は、さっきからひどい眠気に襲われていた。
 部長を助手席に乗せ会社を出発したのは早朝。営業課に配属されてからまだ日が浅かった横田は、部長と一緒の初めての大きな商談に緊張の連続だった。そのせいで昨夜はほとんど眠れなかった。
「あーあ」
 横田は何度めかのあくびをした。午後の日差しは暖かくて眠気を誘ってくる。助手席で部長は気持ち良さそうに眠っていた。
 商談は無難にまとまった。まだ何度かの打ち合せは必要だろうがとにかく第一段階は済んだ。
 昼食は一時間程前にサービスエリアで食べた。社に戻って部長の夕方の会議に間に合うように送り届けなければならない。横田は我慢して運転を続けた。
 東北自動車道も栃木県に入ると単調だった。とにかく眠かった。ガムを噛んでみたり、深呼吸をしてみたりしたが、一度取り付いた睡魔は容易に離れようとしなかった。
「くそー、眠たいなあ」
 横田はつぶやいた。
 一人で出張の時は、窓を開けたり、歌を歌ったり、ラジオを大きくしたりして、眠気を醒ましたが部長が隣で寝ていてはその手は使えない。サービスエリアで休憩するのが一番だったが、部長の会議の時間もあり一眠りというわけにもいかない。
 横田は頭をふったり、ふともものあたりをわざとつねってみたりした。とにかく眠い。
「眠い!」
 まぶたがくっつきそうだ。気をしつかりもってハンドルを操作する。
 前のトラックは同じペースでずっと走っている。その後ろについたら強烈な眠気が襲ってきた。
「いかん、このままでは本当に眠ってしまう」
 なんとかしなければ、という気持ちはあったが春の午後、陽気はぽかぽかとして暖かい。腹は満たされ、仕事は一段落。おまけに睡眠不足。これだけ条件が揃えば眠くならないほうが不思議というものだ。
「眠るな、眠るな」
 事故を起こしでもしたら大変だ。もし部長にケガをさせたりしたらせっかくいままで頑張ってきた自分の苦労が水の泡だ、と横田は思った。
「絶対眠るな。死んでも眠るな!」
 横田は自分に言聞かせた。歯をくいしばり、目をカッと見開き眠気と戦った。
 はてしなく続く睡魔との戦い。
「眠るな、俺は負けないぞ、眠るな!」


「先生、こんなによく眠っているのに、この患者は不眠症なんですか?」
 看護婦はベッドで眠る横田を見て言った。
 診察していた医師はそっけなく言った。
「ああ、本人は眠ると眠ってはいけないという夢を見続けるらしい。それで少しも眠った気がしないんだそうだ」
「寝ているのに不眠症だと思い込むなんて変わった患者ですわね」
 看護婦は横田の顔をのぞき込んだ。
「歯までくいしばって、こんなに一所懸命眠っているのに」
                     

 

おわり

 

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