サイトウ
「きょうは冷えますなあ」
加藤巡査が鼻の頭を赤くしていった。
「加藤くん、もう少しの辛抱だ。我慢しよう」
佐々木巡査長は上着のポケットに手を突っ込んだまま答えた。
十月とはいえ深夜の冷込みは強かった。人気のない吹きっさらしの市道で、彼らは検問を行なっていた。
さすがに深夜で行き交う車はほとんど無かった。まわりは山と田んぼばかり。虫の鳴声だけが淋しそうに聞こえてくる。
彼らは時折りやってくる車を検問して、酒気帯などの違反を取り締まるのが目的だった。検問を始めてからかなりたっていたが、これといった違反車は無かった。
「まだ年末には早いですし、今日は火曜日。さすがに酒飲んでる不謹慎な奴はいませんね」
「うむ、いつもこの調子であれば事故も減るのだが」
佐々木巡査長はタバコを取り出そうとして、禁煙中なのを思い出した。その時一台の乗用車が走ってきた。加藤巡査は誘導して路肩に車を停車させた。
加藤巡査がよっていった。しばらく何か話していたが佐々木巡査長の方を向いた。
「巡査長ちょっと」
「んっ、どうした?」
佐々木巡査長は何事かと乗用車に近付いた。
「この車定員オーバーです」
「なに」
「はい、四人のところ五人乗っています」
車検証を見ながら加藤巡査が言った。
佐々木巡査長は車の中をのぞき込んだ。
運転しているのは若い気の弱そうな男だった。助手席に一人、後ろに三人乗っている。
「おまわりさん、ご苦労様です」
後部座席の男が酒臭い息で話しかけた。
「むっ、酒飲んでるな」
「あっ、俺達は飲んでるけど運転してる人は飲んでませんよ」
別な奴が言った。
「加藤君どうかね」
佐々木巡査長は加藤巡査を振り返った。
「はい、自分も確認しましたがドライバーはアルコール反応はありません」
「そんな悪いことしませんよ」
後ろの奴がろれつの回らない声で言った。
加藤巡査がそいつに向かって言った。
「それじゃ、定員オーバーは悪くないのか」
「それは・・・・・」
男は言いよどんだ。
「どうもすみません」
別な奴が全く反省の色を見せず言った。
「困った人たちだな」
佐々木巡査長は渋い顔をした。
「あの、もう帰ってもいいでしょうか」
運転していた青年がためらいがちに言った。
加藤巡査は首を横に振った。
「定員オーバーのままではだめだ、誰か一人降りてタクシーで帰るならいいが」
「困ったなどうする」
酔っ払いたちは何か話始めた。
「しょうがない、ここで降りよう」
運転をしていた青年以外はみんな車を降りた。
「それでは俺たちはここで失礼します」
「おい、若いのじゃましたな」
「さいなら」
そういうと男たちは道路を歩きだした。
「加藤巡査」
佐々木巡査長は呼んだ。
「何でしょう」
「あいつら、何を考えているのだ。別に四人降りなくてもいいだろうに」
「どこかで飲み直しするつもりでしょうか」
「しかし、このへんには家はないし、タクシーだって来やしないぞ」
佐々木巡査長は、今まで黙っていた青年に向かって言った。
「きみ、送ってやらなくていいのかね」
青年は言った。
「いいんですよ。あの人たち時々ああやってふらふらするのが好きなんですよ」
「きみが送っていくのかね」
「いいえ、勝手に乗ってくるのです」
「ん?」
「この近くで飲酒運転の車が川に転落して、乗っていた男性四人全員が亡くなった事故がありましたよね」
「ああ、去年そんなことがあったが」
「さっきのはその人たちの亡霊なんですよ」
「なんだって!」
「後で、彼らの顔を調べてもらえば僕の言っていることが本当だとわかりますよ」
「信じられん」
佐々木巡査長はうなった。確かにその事故のことは記憶にあった。飲酒運転の乗用車が検問を突破して暴走、川に転落して乗員四名死亡。
加藤巡査が言った。
「巡査長、この青年はどうしましょう」
「帰してやってくれ。気をつけて帰るようにとな」
「わかりました」
青年の乗った乗用車は闇の中に走り去っていった。
酔っ払いの四人が歩いていった方を見ながら佐々木巡査長はつぶやいた。
「幽霊になっても飲みに行きたいとは・・・・・・。はやく成仏すればいいのに」
乗用車を運転していた青年は飲みかけのカンコーヒーを片手で飲んだ。そしてバックミラーをちらっと見て、ふっとため息をついた。
「まったくあのおまわりさんもご苦労なこった」
飲酒運転で乗っていた四人が死亡する事件があったが、その時検問をしていた加藤巡査と佐々木巡査長は、暴走する車の巻き添えを食って亡くなったのだった。
青年はつぶやいた。
「幽霊になっても検問しているなんて・・・・・・。早く成仏すればいいのに」
おわり