古井戸の底
サイトウある学校の校舎の裏に、ずっと残っている井戸があった。
当然何十年も使われておらず上には石の重りを乗せた木のフタがしてあった。
ある日の夕方、進也は満雄と校舎の裏をぶらぶらしているうちに古井戸のそばを通りかかった。
「満雄知ってるかい?」
進也はいった。
「なにを?」
満雄は進也の指し示すほうを見た。
「この井戸のことさ」
進也は井戸を見て言った。
「この井戸なんだけどもう使われなくなってから何十年もたっているんだ」
「ああ、それで」
「生物部のやつらなんだけど、先生に内緒でカエルとかネズミとか捕まえてきては変な実験してたんだってさ」
気持ちの悪そうな目で進也は満雄を見た。
「なんだい、その実験てのは」
満雄は聞いた。
「解剖」
「うっ」
「それも麻酔もかけないで」
「・・・・・・」
「それだけじゃなくて犬とか猫も解剖してたらしい」
「ほっ、ほんとうかよ」
満雄は背筋がぞくっとした。
「その死体だが」
「・・・・・・」
「生物部のやつらも処理に困ったらしい、それで・・・・・・」
進也は古井戸の方を見た。
「ここに捨てていたのさ」
「おいっ、うそだろ」
「いや、その証拠にフタが少しずれているだろ。あれだけ厳重に塞いであったはずなのに」
満雄は恐る恐る古井戸に近付いていった。確かに木のフタは石の重りが乗っているにもかかわらず二十センチ程開いていた。
二人は中をのぞいた。真っ暗で何も見えなかった。
進也は低い声で言った。
「夜になるとさまざまな動物のうめき声が聞こえるんだ」
「やっ、やめろよ」
満雄は冷たい汗が首の後ろを流れたのでビクッとした。
「おい、早く戻ろうぜ。こんなとこ」
満雄は進也を促した。進也はじっと穴を見ていた。
「ほーら、聞こえる。うめき声がー」
進也は満雄に向かってわざと変な声でおどかした。
「うわっ、やめろ!」
「なーんちゃって、驚いた?」
進也は笑っていた。
「あっ、おまえ、だましたな」
満雄は顔を赤くした。
「いやあ、満雄があんまり恐がるから。冗談だよ、冗談」
「ちえっ、いっぱい食わされたか」
満雄はくやしそうな顔をした。
進也は言った。
「だいたい、そんなこと先生に黙ってできるわけないよ。瀬谷のやつ動物はかわいそうだからっていって、植物の交配実験とかカビの菌糸の繁殖とかそんなのばっかりなんだ」
「へえー、生物部の顧問とは思えないね」
「まあ、そういうわけ」
「あー、おどろいて損した」
二人は古井戸から遠ざかっていった。
「けっ、ふざけやがって」
古井戸の底で野良犬の霊が怒った。
「あの瀬谷とかいうやつ、生徒の前では良い子ぶりやがって」
「なーにが動物実験はかわいそうだ≠ネんてよく言えるわね。わたし達はどうなるのよ」
三毛猫の霊も言った。
「そうだ、そうだ」
ハツカネズミとトノサマガエルとハムスターの霊がそれに同調した。
「こんどあいつが井戸のそばにきたら足引っ張ってやろうぜ」
「それはいい考えね。あいつは痛いめにあわないとわからないのよ」
「そうだ、そうだ」
古井戸の底は瀬谷の実験で犠牲になった動物の霊でいっぱいだった。
そこにまた新しい霊が入ってきた。そして言った。
「まあ、みんなそんなそう怒らないで下さい」
それは人間の霊だった。
「あっ、おまえは!」
全員が驚いた。犬の霊が言った。
「俺達を実験に使ったやつだな」
瀬谷は申し訳なさそうな顔をしていた。
「そのとおり、生物部顧問の瀬谷です」
「どうしてここに来た。それも霊になったってことは、あんた死んだのか?」
「ええ、ひょんなことで死んじゃいまして。それに、みなさんに謝ろうと思ってさ、ちょっとひどいことをしたかななんて」
「何が、ちょっとだ」
「そうだ、いまさら謝られたってこっちが困る」
「どういう風の吹き回しだ」
モルモットとハトと、鯉の霊が騒いだ。
「まあまあ、静かにしなさい」
亀の霊がのそのそと出てきた。
「瀬谷さん」
「はい」
「教えてもらいましょうか。わざわざ古井戸の底までやってきた理由を」
「実は」
瀬谷は話し始めた。
「わたし、昨夜飲みすぎて酔っ払い、川におっこちて溺死してしまったんです。そしたら死因が不明だっていって検死・・・・・・つまり解剖されちゃいまして」
「・・・・・・」
「いやあ、わたしも解剖されたわけだからみんな仲間ということで、ここはひとついっしょに楽しくやろうかと」
霊たちはひそひそ話しあった。猫の霊が言った。
「まあ、残念だわ。あなたが井戸に近付いたら足を引っ張ってやろうと思っていたのに」
瀬谷は言った。
「すみません、霊になっちゃったんでもう引っ張られる足がないんです」
古井戸の底はにぎやかだった。
おわり