ドッペルゲンガー

                                 サイトウ

 

 教室に入るといきなり吉野が話しかけてきた。

「近藤、おまえ昨日ゲーセンでタチの悪いやつらに絡まれてなかったか」

「僕が?」

 近藤は目をパチパチさせた。身に憶えがなかったからだ。

「そうだよ。俺どうしようかと思ってるうちにおまえ逃げ出したろ、あの後心配だったんだよ」

「僕はゲーセンなんか行ってないよ」

 近藤は言った。

「なんだって」

「僕、塾には行ったけどまっすぐに家に帰ったよ」

 吉野は言った。

「確か九時頃だぞ、よく思い出せよ」

 近藤は首を振った。

「その時間はまだ塾で数学教わってたよ」

「いや、確かにあそこにいたのは近藤、おまえだったぞ。俺の視力は2.0だ。見間違うはずはない」

「いいえ、近藤くんは塾にいたわよ」

 後ろから声がした。小滝さおりだった。

「わたしも近藤くんと同じ塾に行ってるの」

「じゃ近藤は・・・・」

「ずっと数学やってたわよ」

 吉野はまだ解せないといった顔をしていた。

「近藤がゲーセンなんか行くわけないよ。こいつそういうところやたら真面目だからな」

 回りに集まってきたクラスメートの言葉に一同頷いた。近藤はクラスで一番そういうゲームとか遊びが苦手なタイプだった。

「おかしいなあ」

「近藤、おまえ双子の兄弟とかいないか」

「まさか」

 ニキビ顔の生徒が前に出てきた。

「そういえば俺も日曜の夕方、近藤を新宿で見たぞ」

「えっ?」

 彼は言った。

「五時頃だったかな、歌舞伎町の辺りでおまえそっくりな奴を見たんだよ。それで声をかけたんだけと、全然俺に気づかずにどんどんいっちゃうんだよ。なんか変だったな」

「近藤、日曜の夕方何してた?」

 吉野がすかさず聞いた。

 近藤はちょっと考えたがすぐに答えた。

「僕は、高橋君の家に借りていた参考書を返しに行っていたよ」

「本当か、高橋」

「ああ、僕の所に確かにきたよ、すぐに帰ったけど。えーと、時間は五時頃だったな」

「うーん、ここから新宿まではどうやっても一時間はかかるな」

 吉野は腕組みした。

「近藤が歌舞伎町にいるってのも、そりゃ変だよな」

「うんうん」

 回りのみんなもそう思った。

 近藤は困ったような顔をした。

「とにかく、僕はゲームセンターも新宿もいってはいないよ」

 そのとき誰かが言った。

「ドッペルゲンガー」

「えっ」

「それは近藤のドッペルゲンガーだ」

 木田という厚いメガネをかけた生徒が近藤を指差した。

「なんだい、そのドッペルゲンガーってのは?」

「潜在意識が生み出した分身とか、幽体とかいろいろな説があるがその正体はよくわかっていない」

「・・・・・・」

 木田は続けた。

「古くから言い伝えがあり、あの芥川龍之介も「歯車」の中でドッペルゲンガーについて書いている」

「芥川龍之介が見たのか?」

「いや、芥川龍之介のドッペルゲンガーが目撃されたんだ」

「えーっ」

「本人もそのことをひどく気にしていたらしい」

「・・・・・・」

「それから少したってからだな・・・・・・彼が死んだのは」

「・・・・・」

「ごくっ」

 誰かの喉がなった。木田の話は妙な真実味を持っていた。みんなは近藤の顔をじっとみた。

「みんな、やめてくれよ。そんなの何かの見間違いだよ」

 近藤は自分の席に着いた。その日はみんなの話し声が全部自分のことを噂しているようで近藤は居心地が悪かった。

 

 放課後、近藤は一目散に家に帰った。彼の家は街外れにある古びた一軒家だった。

 勢い良く玄関の戸を開けると近藤は大声で言った。

「おい、また誰かいたずらしたな!」

 近藤の三人の兄弟が同時に振り向いた。

「俺じゃないよ」

「いや、おまえたちの誰かに決まっている」

「にいちゃん、やめてよ」

「うるさい。こうしてやる」

「あっ痛っ」

「おかげて俺はみんなから変な目で見られたぞ。ドッペルゲンガーとかなんとか言われて」

「やめてよ、痛いよ。僕じゃないってば」

 近藤が兄弟の頭にげんこつをしていると父親がやってきた。

「こら、兄弟げんかをするやつがあるか」

「だって、にいちゃんがなぐるんだ」

「いいや、こいつが俺の顔を真似したんだ」

「いいじゃないか、ちょっとくらい」

「あっ、おまえがやったんだな」

「ぼくらだってたまにはそこいらを出歩きたいんだよ」

「今月は俺の番だぞ」

 彼らはケンカを止めない。ついに父が怒った。

「こらっ、止めろ!」

 その声でみんな静かになった。

 父親はみんなの顔を見て言った。

「おまえら、むやみに同じ顔をして外出するんじゃないぞ。いいか、順番を守れよ」

「もっと特殊メイク買ってくれよ」

「そうだよ、俺もっと鼻の高いのがいいな」

「馬鹿野郎、ハリウッドのSFXスタジオから特別に入手したやつだぞ、そう簡単にいくつも買えるか」

 そこに母親が出てきた。

「あらあら、ケンカはいけませんよ。おとうさんだって困っているでしょう」

「でもさ」

 兄弟はそろって言った。

「なんです」

「かあちゃん、ぼくらにはどうして顔がないのさ」

「のっぺらぼうに顔があってたまるか」 

 父親がぶっきらぼうに言った。

「おとうさんもおかあさんも顔が無いんだから我慢しなさい。それよりごはんの時間ですよ」

「はーい」

 のっぺらぼうの家族は夕御飯を食べ始めた。

 

 

     

おわり

 

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