血も凍る話

サイトウ

 

 ある夜のことだった。

 週末の駅前通りはにぎやかだった。

「おい、あれみろよ」

 仕事帰りのサラリーマンが同僚に言った。

 同僚は仲間の指し示す方を見た。一人の中年男が道路を歩いていた。

かなり酔っ払っているらしく足取りがおぼつかない。ふらふらと右に左に上半身が揺れている。何か歌を歌っているらしく陽気そうな声が聞こえてきた。

「ありゃ、かなり入ってるね」

「まあゴキゲンなのも、酔いが醒めるまでだな」

「さっ、俺達も一杯いこうぜ」

 サラリーマンがどの飲み屋に入るか看板を見て決めようとしたとき、男は何を思ったか急に車道に向かっていった。

信号は赤だ。道路は夜とはいえクルマが引っきりなしに走っている。男は立ち止まりもせずにその流れの中にさまよいでた。

「あっ、危ない!」

 誰かが叫ぶのと、急ブレーキの音、そして男がクルマとぶつかる鈍い音が同時に聞こえてきた。男は壊れた人形のように不自然な格好で道路に横たわっていた。

「大変だ!」

「誰かはねられたぞ」

「救急車を呼べ!」

 たちまちすごい人だかりが出来た。救急車のサイレンの音が遠くから近付いてきた。

 男はすぐに救急病院に運ばれた。

 さっそく当直の医師が男を診察した。

 医師は手慣れた様子で看護婦に指示を出した。そして男の容体をチェックした。

「ううむ・・・・・」

 医師は渋い顔をして言った。

「これはいかん。かなり出血している。きみ、緊急手術の用意だ」

「はいっ」

 看護婦らはてきぱきと準備をすすめた。

「手術のためには輸血しなければならんな」 

「先生、手術の用意が出来ました」

「輸血用の血液も頼む」

「はいっ」

「病院内の保管が足りなければ、付き添いの人にも聞いてくれたまえ」

「わかりました」

 さっそく、看護婦らが待合室に集まっていたその男の友人たちに、献血のお願いをした。しかし、血液型を調べてみると男の血液はとても特殊なもので、友人たちの中に同じ血液をもつものはいなかった。

 看護婦らは、手分けして病院中の人に同じ血液型の人はいないかどうか調べた。

病室を一つ一つ回り、片っ端から探した。

残念ながら誰もいない。血液がなければ手術は出来ない。部屋のなかに重苦しい空気が流れた。

 看護婦らは疲れきって戻ってきた。

「先生、誰も患者と同じ血液型の人はいません」

「・・・・・・そうか」

 看護婦らは一瞬絶望的気分になった。このまま助からないのか・・・・・・

「うーむ。新鮮な血液のほうがよかったのだが」

 おもむろに医師は受話器を取ると言った。

「・・もしもし、血液センターですか? 例のやつありますか。・・・あっ そう・・冷凍保存してあるやつ・・・ある・・じゃ大至急持ってきてね。急患なんだ。そう、はでに出血しててね。十分以内に頼むよ。後で一杯ごちそうするから。・・・はははっ、これが本当の出血大サービスなんちゃってね。うわっはっはっは。じゃ、よろしく。」

 受話器を置いて、看護婦らのほうを向いた医師は言った。

「ああ、こういうときのために、血を凍らせておいて良かった。」

「先生」

 看護婦らが医師の回りに集まってきた。

「はっ?みんな、どうした?」

「どうして、最初に冷凍保存してあると教えてくれなかったんですか」

 さんざん心配させられた看護婦らの、怒りに燃える恐ろしい顔を見た医師は自分で血の凍る思いをするはめになった。

おわり
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